Single 「シングル」と家族/縁(えにし)の人類学的研究

2011年度第3回研究会

2011年度第3回研究会
日時:2011年11月12日(土)13:30-18:30  場所:本郷サテライト5階
馬場淳(AA研共同研究員,東京外国語大学)
「ウソと縁:あるホームレス的存在者の虚実」
花渕馨也(AA研共同研究員,北海道医療大学)
「移民と故郷のつながり-マルセイユにおけるあるコモロ人女性の別れと再会-」


<発表要旨>
ウソと縁――あるホームレス的存在者の虚実――
馬場 淳
東京外大AA研ジュニアフェロー

 本発表の目的は、日本の埼玉県O市に生きる一人のホームレス的存在者(Sと呼んでおく)をとりあげ、彼が退職後の人生をいかに構築しているのかを縁の観点から検討し、そのうえで従来の縁観とは異なる縁のあり様を考察・提示することである。
具体的な事例の検討に先立ち、まずは先行研究から本発表に関わる論点を二つ抽出しておくことにしよう。一つは「アジ―ルとしてのホームレス」という視点である。これは、ホームレスになることが選択的であり、これまでの人生に関わる縁をすべて切ることによる自由の獲得という、積極的な意義を含む。二つ目は、ホームレスに見られるウソの問題である。ホームレスたちの中には、偽名を用い、偽りの人生を構築し、その(ウソの)なかに生きる者がいる。そしてこれら二つの視点は、連関している。すなわちホームレスたちが積極的に見い出し、入り込むアジールの世界とは、これまでの人生とはまったく異なるリアリティをもつ世界だということである。
本発表で取りあげるホームレス的存在者Sも、これまでの人生に関わる縁をすべて断ち切り、偽名を名乗り、まったく新しい人物として世界を生きている。発表者は、彼がアジールとして生きる埼玉県O市のストリートを対象に、彼と二人の女性の人間関係に主たる焦点を当てる。女性たちとの関係において、Sは過去の経験や情報資源を脱文脈化しながら、虚偽の世界を都合よく再構成してみせるが、それは決して一貫したものではない。時間の経過とともに、二人の女性(および発表者)はSの虚構性(ウソ)に気付いていく。結局のところ、誰にも「Sとは一体誰なのか」「Sの人生や生活はどのようなものなのか」が理解できないものとなってしまった。それでもなおSは、何が真実(またはウソ)なのかを明言しないことによって、真実や理解にもとづく他者との関係性を不断に留保し続けているのである。
このSの姿勢は、「常識」的な縁とは異なる縁のあり方を考えるうえで示唆的である。というのも、Sの姿勢とは「誰かにわかってもらう」という人間の実存的な欲求を拒否しつづけるものであり、真実=個人の本質を想定・追究する近代的な関係構築の発想とは真逆のものだからだ。Sが他者とつなぐ縁とは、自分および相手がどういう人間であるかを理解し合う前提にたたない縁なのである。団塊の世代に属するSが退職後の「第二の人生」として生きる世界は、これまでの人生から完全に切り離されたアジールであり、同時にSと他者がつながるあり方(縁)そのものが異なる独自の世界といえるのである。



Regroupement:マルセイユにおけるあるコモロ人女性の移動と縁
花渕馨也
(北海道医療大学)

移民が移民先に家族を呼び寄せ、共に暮らすことを実現する移民の「家族再結合」(Regroupement)は、「家族は共に暮らすのが望ましい」とする国際的理念や、フランスの法によって保障される権利である一方、移民規制が強まる中で、例えばDNAによる血縁証明など家族再結合の条件を厳格化したり、非正規移民の家族が分断されたりするケースも出てきている。そうした中で、コモロ系移民は、フランスの「出生地主義」による国籍制度や、家族に対するフランスの法的制度をうまく利用しながら、さまざまな裏の戦略によって家族の結合を実現させている。また、家族再結合の実現には、故郷との強い社会的紐帯を維持し、移民の相互扶助的関係を生み出している同郷村のアソシアシオンによるサポートが存在している。
本発表では、東アフリカのコモロから南仏マルセイユに移住してきたあるコモロ人女性のライフヒストリーについての検討から、コモロ系移民による家族や故郷との再結合の戦略と、そうした動きを通じて再編成されつつあるコモロ社会における村社会や家族の変化について具体的な考察を行った。

 

DATE : 2012.06.23

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