Single 「シングル」と家族/縁(えにし)の人類学的研究

2010年度第3回研究会(通算第3回目)

2010年度第3回研究会(通算第3回目)

日時:2010年11月27日(土)14:00-19:00
場所:本郷サテライト8階

辻上奈美江(AA研共同研究員,高知女子大学)
「サウジアラビアにおける一夫多妻と女性の「シングル化」」
村上薫(AA研共同研究員,日本貿易振興機構)
「トルコの「シングル」女性たち」



サウジアラビアにおける一夫多妻と女性の「シングル化」
辻上奈美江(高知女子大学)


 現代サウジアラビアでは、男女ともに婚姻が強く推奨されている。しかし、サウジアラビア中央統計局が2004年に発表した婚姻に関するデータからは意外な「事実」が浮かんできた。サウジアラビアの人口2700万人程度とされているが、同統計は約1000万人を調査対象としている。包括的データとは呼べないが、これまでこのような統計資料がほとんどなかった同国の資料状況に鑑みれば、検討してみる価値がありそうである。同データでは、年齢別・男女別の婚姻状況が示されている。
 同データによれば、若年層では女性が男性よりも既婚者数の割合が多く、女性の方が男性よりも初婚年齢が低いことが伺える。20歳代後半を迎えると、女性の4分の3、男性の半数以上が既婚者となり、30歳代前半では男女ともに約9割が既婚者となる。しかし、その後、男女の既婚者数の割合は逆転する。女性の未亡人の割合が次第に高くなり、70歳代前半には約半数の女性が未亡人であるのに比べて、男性の未亡人は生涯を通じて著しくは増加しない。また離婚者数に関しても、女性は年齢が上昇するに従って増加するが、男性は女性ほどには上昇しない。
 このデータは、男性よりも女性の方がシングルになる可能性が高いことを示している。男性よりも女性の方がシングルになる可能性が高い理由としては、以下の三つのが考えられる。第一は、夫に比べて妻の方が年下である可能性である。20歳代前半の女性の半数弱が既婚者であるのに対して、同年代の男性既婚者の割合は2割に満たない。女性は初婚年齢が低いのに対して、扶養義務を負う男性の初婚年齢は女性よりは高くなっていることが伺える。また、一夫多妻の場合、男性は第二夫人以降にかなり年齢差のある若い女性と結婚することも多いと言われている。第二は、離婚や死別後、男性は女性よりもより容易に次のパートナーを見つける可能性が高いことである。クルアーン(コーラン)には、女性の再婚禁止期間(イッダ)について明記されている。だが、男女間のシングルの割合の差異は顕著であり、再婚への制約がこのような宗教上の教えだけに還元できるかどうかは検討の余地がありそうである。第三は、一夫多妻の可能性である。一夫多妻の場合、女性は、夫との離婚や死別によって必ず一定期間シングルになるが、男性は離婚や死別によって必ずしもシングルになる訳ではない。以上が男女間のシングルの割合の差異を説明しうる要因であると考えられるが、これらは独立に存在するとは限らない。むしろこれらが複合的に重なり合って、このような統計を生んでいる可能性が高い。
 発表では、これらの統計データ分析に加えて、「ミスヤール」などの新たな婚姻形態、妻たち・子どもたちの団結をセーフティネットとして活用する一夫多妻の例や、「もしも一妻多夫だったら」という喜劇ドラマを例に、サウジアラビアに一夫多妻の実践例について紹介した。
 発表を通じて、「シングル」が奨励されないサウジアラビア社会において、意外にも中年以上のシングル女性が多いことが明らかになった。同時に、シングルとは逆方向のベクトルである「一夫多妻」について議論を喚起した。今後の研究では、これらの反対方向と思われる二つのベクトルがどのようなダイナミズムをもって立ち現れているのかについて検討していきたい。



トルコの「シングル」女性たち
村上薫
(アジア経済研究所)

本報告では、トルコにおける「シングル」性を結婚していない状態と仮に定義したうえで、「シングル」女性であることの社会的な意味を階層間の多様性に注目して検討する。
トルコの家族については、ナームスと呼ばれる性的名誉概念に根ざす男女隔離の規範があるため同性との社会関係の重要性が相対的に高いこと、夫と妻がそれぞれ同性の親族や知人とネットワークをつくり、情緒的な満足、情報や資源、労働を交換する家族が成立していることが指摘されてきた。アメリカの人類者オルソンはこれを、西洋的な夫婦中心主義とは対照的な「二つの焦点をもつ家族(duofocal family)」と呼んだ。報告者は、①ナームスとそれに根ざす男女隔離の規範に、②19世紀末に始まる西洋化改革の過程で導入された近代家族イデオロギーとが折り重なっている点にトルコの家族の特徴があると考え、これをトルコ型近代家族と名づけた。
ただしトルコ型近代家族のありかたは社会階層により多様である。たとえば、下層の人々のあいだではナームスは男性が親族女性のセクシュアリティの管理を通じて維持されるのにたいして、ミドルクラス以上ではナームスはより個人的で身体性と切り離された価値に変容しつつあるように思われる。
結婚していない状態としての「シングル」は、未婚者であるベキャル(結婚したことがないことを意味する)と、離別死別者であるドゥルに分けられる。ベキャルとドゥルもまた、社会階層によって意味が変化する。下層の人々のあいだではベキャルの女性とは処女を意味し、またドゥルの女性(寡婦)は、(年齢が若いほど)親族のナームスを危険にさらす存在とみられ、保護と管理の対象となる。一方ミドルクラス以上の人々はドゥルという表現はあまり用いず、「夫/妻を亡くした、別れた」と表現することが多い。彼らにとって問題は現在の配偶者の有無であり、結婚したことがあるか否か(つまり女性の場合であれば処女かそうでないか)ではもはやないことが推測される。
都市下層の「シングル」女性のあり方を知るため、イスタンブル市S区の事例を紹介すると、S区の女性は男女隔離の規範のもとで就労を制限され、基本的に夫や父に扶養される存在とされる。親族男性から扶養を受けられない女性は、生活のために性的関係と引き替えに他の男性に頼らざるを得ないと考えられている。最貧層の世帯の妻たちへの聞き取り調査からは、ナームスの保護は経済的な保護と結びつけられて考えられていること、しかしナームスの保護は同時に愛情と結びつけられて語られることもあることが明らかとなった。ナームスは従来、セクシュアリティとの関連において、とくに処女性重視や「名誉の殺人」に焦点をあてつつ議論されることが多かったが、S区の事例からは、下層社会におけるナームスは、扶養とそれに関連する女性労働力の管理、さらには愛情といった要素を含む概念として考察する必要性が浮かび上がった。

 

DATE : 2012.06.23

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